仏教には生きるヒントがいっぱいです。

いつの時代、いつの世にも生きるのが苦しい人が沢山います。

 

そのような人たちの救いとなるのが仏教の教えです。今回はその教えのイロハのイをお伝えしたいと思います。

 

この世を見てみると、人間の人生とはまずもって自分の思い通りにいかないことがほとんどです。あのアップルのスティーブ・ジョブズですら、この世の全ての名誉と富を手に入れましたが、40代にガンを患い若くしてこの世を去ました。

 

この世に起きることに比べれば、人間はなんて無力なのでしょうか。

 

このことは仏教でも強調されて教えられています。いわゆる四苦八苦といく考え方ですね。

 

四苦とは、生まれる、老いる、病気になる、死ぬです。この苦しみはどんな人間も逃げることができません。キリスト教にある人間の原罪によって人間に死ななければいけなくなったなどの考えもありますし、人間の苦しみはどの宗教でも中心となる論点ですね。

 

またこの四苦に加えてもう4つの苦しみがあります。それは、愛別離苦、怨憎会苦、求不得苦、五取蘊苦です。

 

まず最初の愛別離苦ですが、これは愛する人と別れなければいけない苦しみです。恋人、親、子供、いつかは別れがくるのです。

 

次の怨憎会苦が、嫌いな人、憎しみのある相手に会わなければいけない苦しみです。嫌な会社の上司や同僚、嫌いな舅、姑など、この手の苦しみは多くの人が経験していることでしょう。

 

また、求不得苦は、欲しいものが手に入らない苦しみです。会社の中の地位や出世、子供が欲しいのにできないカップル、生活費に事欠くフリーター、結婚したいけど相手を見つことができない独身者など、この手の苦しみも多くの人が経験しているでしょう。

 

最後の五取蘊苦はなんでしょう。これは人間が持つ感覚に由来する苦しみです。肩こりがする。眠りたいのに眠れないなどなどです。

 

こうみると、人間とはなんと苦しみの満ちた存在なのでしょうか。

 

ただ、四苦八苦に表されている人間の苦しみに対して、仏教は解決策を提示しています。

 

それは、苦集滅道の考え方です。

 

苦諦とは、まず人間は苦しみに満ちた存在であることを認めることです。

 

次に集諦とは、そのような現象に執着することから苦しみが生まれることに気づくことです。

 

そして滅諦は、そのような執着(煩悩)を滅することにより、安らぎの世界が現れるということです。

 

最後の道諦は、正しい見方や正しい行いなどの8つの正しい行い(八正道)をしていくことにより、人間は苦しみのある煩悩の世界から自由になって、安らぎの世界に行けるというわけです。

 

ストレスや誘惑の多い現代に、一度はこの仏教の教えを見返して自分の人生を安らぎを得たいものです。