ミケランジェロの『アダムの創造』を鑑賞するために知っておきたい11のこと。

アダムの創造
ミケランジェロと言えば、ヨーロッパ美術史のルネサンス期の巨匠として知られています。ただ、その知名度は『ダビデ像』や『ピエタ』を始めとして彫刻家の印象が強いでしょう。しかし、絵画もいくつか残しています。本人自身が苦手と発言していたとされる絵画ですが、現存する作品を目にすると、どれもスケールの大きさとリアルさに圧倒されることでしょう。今回は、その中でも『アダムの創造』に注目し、より深く鑑賞するために知っておきたいことをいくつかご紹介していきます。

1、作品は、現在どこにあるのでしょうか?

ヴァチカンの「システィーナ礼拝堂」の天井に描かれています。ミケランジェロが描いた当時から約500年の時を経ても変わらず観ることができます。フレスコ画法といって、砂と石灰を合わせたもの(漆喰)を壁に塗り、水だけで溶いた顔料を使って描かれています。「フレスコ」とはイタリア語で新鮮さを意味するそうです。塗られた壁が乾かない新鮮な内に、新鮮な水を使った顔料で描く必要があります。そのため一日分の作業量を計算して漆喰を塗らないといけません。

 

2、何を描いているのでしょうか?

創世記(旧約聖書)の一節を描いています。『アダムの創造』とは、その創世記の第1章27節の部分になります。具体的には神がアダムに命を吹き込む場面と言われています。赤マントに身を覆われた神と子どもたちが、大地から生まれたばかりで地に寝そべっているアダムに向かって手をのばして突進しているかのような場面が描かれています。

 

ちなみに、システィーナ礼拝堂の天井画には、この『アダムの創造』以外にも、創世記(旧約聖書)の中から選ばれた『天地創造』に始まり『原罪と楽園追放』『ノアの洪水』などの9場面や、イエス・キリストの祖先など、イエスが登場するまでの場面を描いているのです。また、同礼拝堂内壁面には『最後の審判』が描かれています。

 

3、陰謀によって無理矢理描かされた作品

この作品は、ローマ法王ユリウス2世の命によって描かされたのですが、しかもそれは嫌がらせだったそうです。特に友人だった建築家ドナート・ブラマンテという人物が裏で絡んでいたそうです。

 

当初、ミケランジェロはユリウス2世に気に入られていたので、それによる嫉妬が原因の一つと言われています。また、ドナートがユリウス2世からの命で請け負った仕事にドナート自身が手抜きをしていたらしく、それが明るみに出ることを恐れたためとも言われています。

ミケランジェロの苦手分野と思われていた絵画を描かせて失敗させ汚名をきせようとしたのです。事実、彫刻が本業だったミケランジェロは、この依頼があったとき頑なに拒否したそうです。しかし、その陰謀を見事に打ち負かすことになるのです。

 

4、法王に急き立てられて完成させた作品

この作品を依頼した法王・ユリウス2世は、先述の通り、当初ミケランジェロを気に入っていたとされていますが、法王自身が気まぐれな人だったそうで、急に依頼を変更することも度々ありました。そのような法王の恣意がミケランジェロの法王への忠誠心を薄めていったようです。法王の命で引き受けた仕事を途中で放り出すこともありました。
このシスティーナ礼拝堂の天井画制作の時もあったようです。法王にいつ完成するのかと問われて、ミケランジェロは自分の都合次第と答えたそうですから、法王は怒り狂い、言い争いになったのです。ミケランジェロは一時ローマから地元のフィレンツェに帰ろうとしたのですが、周辺の人たちによっなだめられた収束したという話があります。

 

しかし、それでも完成する気配を見せず、遂に法王の怒りは頂点に達し、ハシゴの上に登って描いていたミケランジェロを突き落とすとの発言をするに至りました。脅しとも取れる言葉をかけられたため、ミケランジェロはさすがに工期を早める至ったそうです。

 

完成後、ミケランジェロは法王によって急き立てられたため、思い通りの作品に仕上がらなったと周囲に漏らしています。制作に着手したのが1508年で、完成が1512年ですから、4年で完成させたことになります。
そんな因縁ばかりのユリウス2世でしたが、ミケランジェロの腕を見込んでいたのは確かでした。この天井画の作品制作時、当初、ある部分にカビが発生して制作中止を余儀なくさせられそうになるという事件がありました。そのとき、ユリウス2世が派遣した大工により、カビは綺麗に取り去られ、事なきを得たのです。
法王・ユリウス2世は、この天井画が完成・公開されてから約4ヶ月後に死去します。それから約40年後、ユリウス2世が生前、ミケランジェロに依頼していたユリウス2世自身の墓廟を当初の計画より縮小されましたが、完成させたのです。二人の心が、優れた芸術を生み出したいという信念で結ばれていたことになるのでしょう。

 

5、権力への抵抗

作品の絵を注意深く見ると、不謹慎と言われる絵を描いてしまっています。それは、男女の裸体の絵が多いかったのです。男も女も、胸や尻の露出が多いのです。しかも天使や聖人たちが露出されているのです。背信行為とも指摘され兼ねない行為でした。
これは、ミケランジェロ自身が、古代ギリシアのプラトンの哲学などに影響を受けていて、キリスト教徒でありながら、当時のヨーロッパ大半の絶対的思想として君臨していたローマ・カトリック教会に対して疑問を持っていた可能性があると言われています。

 

ちょうどこの作品の制作時は16世紀初めで、ヨーロッパにおける宗教改革前夜でした。ある意味、ミケランジェロが宗教改革の先駆けだったとも言えるでしょう。しかも、その完成させた作品は法王には文句を言わせず、感嘆させた、実物の彫刻と思えるほどの作品でした。

 

6、E・Tの元祖

作中のアダムと神の指同士が今や触れ合おうとしている場面はどこかで見た気がしませんか?そうです、スティーブン・スピルバーグのSF映画「E・T」の有名な場面、人間と異星人が指同士を触れ合い、信頼関係を築こうとするあの場面と似ていますね。スピールバーグ監督は、この「アダムの創造」を見て上手く取り入れたと言われています。

 

7、赤いマントをまとう神は人間の脳?

アダムに命を吹き込もうとして手と指を差し伸ばし、中央に赤いマントをまとう神たちですが、それを注意深く観察すると、「人間の脳みそ」に見えてこないでしょうか?確かに、言われてみるとそのように見える気がするでしょうか。

 

ミケランジェロは、彫刻家で、解剖学の研究していたと言われています。実際、死者の解剖に立ち会う経験も何度となくあったという記述が残っています。「脳みそ」についても、解剖を目にしていた可能性が高いと考えられます。その経験をこの作品に描き、神がアダムに脳という生命を与えようとした場面とも言われています。

 

8、あるいは神は心臓を表す?

一方で、マントをまとう神たちは、心臓。古代ギリシャ以来、アリストテレスによる『霊魂論』といって、魂は心臓に宿るという考え方が西洋では有力でした。ミケランジェロの時代もそうであった可能性は高いでしょう。精神は脳内に存在する事を発見したのは、19世紀のベルリン大学のヨハネス・ミュラーとのことです。ダビデは心臓=脳を与えられたと考えるのが自然でしょうか。

 

9、筋肉質の割に男性性器が小さい?

作中のアダムですが、大きな筋肉質の男性として描かれていますが、その割には、男性性器はかなり小さく描かれている印象です。性欲がない証拠でしょうか。「禁断の果実」を食べる前の場面ですから、ミケランジェロが故意にその性器を小さく描いた可能性がありそうです。

 

10、神の左側にイエス・キリストが描かれています

マントをまとう神てすが、その神の左手をしっかりつかんでいる男の子がいます。他にも子供は描かれていますが、この男の子だけは、凛々しく、しっかりと目線をアダムに向けています。
実は、この子は神の子イエスその人だと言われています。

 

11、創世記(旧約聖書)には出てこない天使たちが描かれています

マントをまとう神の周りには、神の子・イエス以外に幾人もいますね。中には顔の輪郭や目や口がほとんど見えない子もいますが、数えると11名いるようです。実は、この子たちは創世記(旧約聖書)には出てこないのです。ミケランジェロの信念で、天使が神と人間の仲介役という性格を持っていることを重んじ、架空の存在を具現化したそうです。